1年ぶりのネパール・ジョロンゲ村ほか  その1

 一年ぶりにネパール・ジョロンゲの村へ向かう。恒久住宅の建築が始まったと聞き、活気が出ているだろうと期待しながら村へ到着した。どこか様子がおかしい。全く活気を感じないと思いながら、機関のかたを案内して村内を回りました。恒久住宅の建築も始まったのに、3年前に松永氏と初めて訪れた時のような希望を失っているかのようでした。運送事業チームは、相変わらず忙しく飛び回っていて、この日は村に戻れない。(頑張っているな。)建設チームは、親方と弟、そして建築主の一家だけが動いていて、そのほかは誰も動いていない。助け合いの村に、助け合いが見られない。ブロック工場も全く動いていない。農繁期前ということもあるが、人が動いていない。私の顔を見た若者が寄ってくる。外へ働きに行きたいという。

これまでは、村内で経済循環をする事、入ってきたお金をなるべく外に出さずに、できるだけ村内で回すことを考えた。骨材を収集しブロックを生産し、運搬し、ものを作るようにしてきた。活気を感じられた。木材も製材所で作成して使用する。ブロック工場はフル回転の生産体制だった。しかし推奨される恒久住宅は、煉瓦造りとなった。二本の柱の間にレンガを積む。鉄筋や柱との連結はほぼないに等しい。レンガは、すべて外から購入しなければならない。セメントも鉄筋も価格も上がっている。だから村人にはお金が残らないのだ。

さらに機関から雇用され、建築指導の担当が、これまで村の建設チームのリーダーであるため、村中から妬みが生まれてしまった。早い話が、雇われているのだから、お前がやれば良いだろうということだ。それぞれ住民は、自分の家を立てることになるから、助け合って早く進めれば良いではないか、仮設住宅の時も、そうしたでしょうという話は、今は通じない。妬みが勝ってしまっている。これは他国同様に産業の強弱が産んだことでもある。レンガ産業の力は強大でブロック産業の力は弱い。

一方で恒久住宅の補助金をもらえない人も多い。ジョロンゲ村でも約25%の家庭は補助金をもらえない。うち10%は困窮者で、自己資金がないから完成できない。完成できないと補助金をもらえない。だから諦めるということだ。リーダーの一人が「私はブロックで家を作るのを見てきたから良く理解できるし、若者達にも少しの給料が払える。だから私はブロックで家を建てる。」そう言っていた。

私達は対策をとることにした。

① 事業を早期に完了。建設班を3チームにして、お金を少しシェアし、チーム毎に作業を進める。

② 助け合いが建築スピードを上げて、最終的に全員が得をする。この図式と話し合い。受け取る補助金のほんの一部を作業対価に充当する。

③ 資材の共同購入システムを再構築する。(集金困難とならないように)

④ 補助金をもらえない困窮家庭の住宅の対応に関する話し合い。(助け合いの基本)

⑤ 補助事業早期完了とその後のブロック工場再建をチームで話し合う。(場所移転合他)

⑥    外貨獲得策として目標だったレストラン事業を早期実現する。(ファンドレイズが必要)

日本からも機関を通じて事業の補助がなされていて、とても有効で必要な事業だと実感した。同時に、地域リーダーの資質も大きく影響していることを痛感した。(うまく進めている地域もある。ただし裕福)

私は、パートナーのEducating Nepalの若者たちに「希望がなければ人は生きられない。各個人が認められる居場所がなければ、いくら家が立派になってもダメだ。希望づくり、居場所作りが私たちの任務だよ。」こう言ってきた。今回は、あらためてこのことを確認しあった。まずは話し合い。家族、親族、地域、この順番で始める。同時になくなっていたリーダー達の話し合いも始める。

若者達が言ってくれます。「カズさんと話すと、俺たちに希望が生まれる。可能性を実感できる」と。ありがたいことだ。若者達を見守ります。

上は基礎が終わった家。鉄筋が柱となる。下は柱が建てている家。まだ2件目の途中で、ほかは進んでいない。基礎の着工前と基礎の完了後に補助金が出た。あとは完成しなければもらえない。しかも村全部で足並み揃えてということだから、このペースで進めると数年かかってしまう。柱を建築中の家を除いては、人が動いていない。

型枠を増やして、チームを増やして、簡単な仕事はどんどん教えて進めなければならない。この柱の間に上手にレンガを積んでいく。鉄筋んが長く出ているのは、2階3階と作る可能性があるからです。