第4 番 六神石神社

六神石神社

六公大人が地名となる

 大同年間(八〇六―八〇九年)六角牛山を開き、その神霊を祀ったのが始まりという。一説によれば、「ろっこうし」の地名は、六公大人から出ており、六人の高貴な人が、古く
に中沢村(現青笹町中沢地区)に来て、六角牛山の麓に住んだ。寛成、陵墓場、太上、一院などの地名がこの地区内にある。
 慶長天皇(一三四三―一三九四年)の御名とされる寛成。太上は「たしょう」と読み、上皇の意らしい。また一院は隠居した天皇で、慶長天皇を指すようだ。陵墓場は当然天皇の
御陵ということになる。
 推測すると譲位隠居した慶長天皇が関東、東北と北上してこの地に居住。善政を施しつつ、地域の人々に看取られながら亡くなられ、永眠の場所になったということだろう。奇想
天外とも思われる、他には見られぬ歴史ロマン漂うところだ。

04_0204_03