第31番 山崎観音堂

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別称は栃内観音といい有志で馬頭坐像安置も

 大同二年(八〇七)の草創で、大月山栃内寺と号す。本尊観音は嘉祥四年(八五一)、慈覚大師が諸国巡行途上、当地方で一木から、七体の観音像を彫刻したときの一尊とされる。遠野七観音第六番札所。その後、本尊はいつ何所へ紛失したか分からなくなる。同様御堂も破壊消失、由緒不明を辿った。堂屋がここにあったのではと伝えられるところに、元禄十四年(一七〇一)住民が寄り合って再建したという。
 享保五年(一七二〇)仏師が来村し、有志で馬頭観音坐像を安置したといわれる。現在の御堂は、寛政十二年(一八〇〇)の建築である。栃内観音との別称があり、例祭は旧七月十日であったが、現在は八月十日に行なわれている。境内には優良種馬「吉隆号」の銅像を建立。馬産地遠野郷にも通じる、ほのぼのとした風習を感じる。

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