第28番 鞍迫観音堂

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江戸前期有数の大堂

 仁寿二年( 八五二)、慈覚大師が九尺九寸( 約三㍍) の十一面観音像を、自ら刻んで安置したことに始まる。万治二年(一六五九)に観音像が全焼、宝物や記録類は失われたが、不思議に観音像は焼損しなかった。本尊像は平安中期の作で、しかしこのときの火災で、表面が炭化したまま今に伝わっている。再建されたのは、寛文十年(一六七〇)で、江戸前期の大堂である。
 江戸時代は羽黒派修験坊が、別当を勤めていて、明治初年白山神社と改称された。
 例祭日は当初、旧七月十日だったが、現在は八月十日になっている。以前は十六坊を有していたと伝えられており、大満や善寿と呼ばれた坊跡がある。
 観音堂の近くに、新しく建てられた絵馬の収蔵庫が見られる。ここに堂内に奉納された、百数十枚の南部小絵馬も、大切に保存されている。参道を少し上がると、目的の堂が杉の樹間に現れ、敬虔な思いを誘う。周囲をゆっくり眺めるのも、また信仰を深くする。

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