第19番 加茂神社

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京都加茂雷大神から分霊か

 雷別命(別雷命)を祀り、六月十二日が例祭日。文治五年(一一八九)に、早池峰神社の末社として、あるいは京都上加茂雷大神の分霊という、二つの創建説が伝えられている。遠野郷統治の祖、阿曽沼氏時代には境内は広く、社殿も大きかったようだ。馬場があって祭礼には、競馬も行なわれたともいう。これは上加茂神社の古事、加茂競馬の儀式を模したものらしい。
 宮廷人藤原秀郷が、下野の国(栃木県)の唐沢山城の鎮護として、加茂明神を崇拝した。一族である阿曽沼氏もこうした縁があって、崇敬したものだろう。阿曽沼氏の没落で一時神社も衰えた。替って領主となった南部氏の当主が、寛永四年(一六二七)社領を与え再建させた。この地は松崎町畑中、氏子は市街地大工町の住民が担う。いま周辺は町中だが、昔は鬱蒼とした森林に覆われていたことだろう。境内に入ると古が偲ばれる。

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