第16番 多賀神社

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最も古く創建年代不明

 奉斉の年代等は、つまびらかではないが、当地方では最も古い社と伝えられている。正保四年(一六四七)、鍋倉城主の南部直栄が、城西鎮護のために再興し、その後何度か再営しているという。伊弉那諾尊を祀り、七月二十日が例祭日で、祭り相撲の催しがあって賑った。古くはその周辺から西方、旧地名の本町(元町)にかけて、多賀の里と称し、人家はなかった。統治の祖、阿曽沼時代にこの近くに、六の日の市を開き六日町とし、一の日の一日市町と共に、繁栄を極めた。
 『遠野物語』に「城山の下の多賀神社の狐が、市日などには魚を買って帰る人を騙して…」云々とある。狐の関所といって、夕刻通りかかる町人、百姓が携える食べ物を騙し取った。貴人、家人と千篇万化に姿を替え、明治の初めまで被害が絶えなかった。狐を憎むというより、その絶妙な手管を楽しく語り継ぐ、心の広さがあった。

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