第12番 日枝神社

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湯殿山分霊勧請し大日堂に

 通称大日山と呼ばれる。小高い丘に社殿があり、大日堂にちなんで「大日さん」が通り名になっている。大日山の呼称もここから来ているに違いなかろう。慶安五年(一六五三)領主南部義長が、山王の祠を置いた。次いで貞享二年(一六八六)、出羽の湯殿山をこの地に勧請し、大日堂と称した。出陣祈願等の由緒もあって、遠野三社にも数えられ、領主の崇敬を得た。
 明治維新の廃仏毀釈で大日堂を廃し、近江の比叡山と同様の山王にちなみ、日枝神社と改称した。境内を含む社地は四百八十余坪(一、五八四平方㍍余)で古松、老杉が列を成し、昼なお鬱蒼とした空間を形づくっている。風致眺望に勝れており、散策の地としても人々に愛されている。
 同じ山内に天満天神社もあって、往時は季節ごとに参拝人で賑ったことだろう。一時期この境内で馬力大会が催され、近隣近在から多くの見物客を集めた。

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